【自己紹介】~ 生まれてから現在まで ~

初めまして。サイトにご訪問頂き、ありがとうございます。
こちらのページでは、自己紹介を書かせていただいております。

さて、私が占いに興味を持った理由は、子供の頃から生き辛さを感じてきたからですが、生まれてからどのような感じに成長してきたのか年代別に紹介しています。

自己紹介なんて少し恥ずかしいのですが、どんな人が作っているサイトなのか分かった方が良いのかな?と思うので書いてみました。

よろしければご覧ください。

波乱万丈の出産劇

私は生まれる時から波乱万丈でした。

逆子だったせいで産道に頭が詰まり、スムーズに出て来られず脳が酸欠状態という状況に陥りました。

あと1分でも産まれるのが遅ければ、死んでいたか、もしくは脳性麻痺になっていたかも知れません。そのぐらい瀬戸際の所で産まれ、九死に一生を得ています。

また、出産時に足を引っ張って引きずり出された影響で、股関節脱臼となり足にギブスをはめられていた赤ちゃん時代でした。

ありがたいことに、目立った後遺症はありませんが、私の左足の股関節の一部分は欠けているそうです。左足が疲れやすいのは、何か関係があるのかも知れません。

それでも、何不自由なく生活出来る五体満足の身体に産まれたことを、この年になってようやく感謝できるようになりました。(今でも、その感謝を忘れてしまうこともありますが・・・)

乳児~園児時代

超人見知りの赤ちゃんでした。母以外の誰かがあやしにきても、絶対に目を合わさない徹底ぶりだったそうです。

幼稚園になっても母の後ろに隠れ、背中にぴったり引っ付く金魚の糞状態だったそうですが、そんな恥ずかしがり屋の私にも、成長と共に少しずつ「私を見て!」という気持ちも芽生えてきました。

そんなある時、近所の肉屋のおじさんの前で、なんの前触れも無く突然盆踊りを踊り出したことがあるそうです。きっと、おじさんに褒めて欲しかったんでしょうね。

それと、おませな一面もありました。幼稚園で初恋です。好きになった男の子にバレンタインのチョコをプレゼントした思い出があります。

小学生時代

小学生時代は、わりと活発な子供で、踊ったり走ったりするのが好きでした。

運動会で披露する踊りが好きで、いち早く振り付けを覚え、練習中はみんなの前でお手本を踊ったり、リレーの選手に選ばれたりもしました。

しかし、活発なようで繊細な面もありました。1人妄想の世界にいるのも好きで、雨の日は水たまりに雨粒が落ち、水滴がキラキラ飛び跳ねる様子を眺めるのも好きでした。

小学生高学年になると、校則や先生に従うことに窮屈さを感じ、学校が楽しくなくなりました。

どうして全員が決められたことを同じようにしなきゃいけないの?
みんな違うのに、なんで?なんで?
なんで理不尽な先生の言うことを聞かなきゃいけないの?

そんな思いを抱き、授業をボイコットしたこともありました。

また、当時の私のクラスでは万引きが流行っていたり、友達ともトラブル続きでした。仲間外れにされるのが怖くて、万引きの現場を見ても、見て見ぬ振りをしたこともあります。

虐めも日常茶飯事で、常に誰かが虐められているクラスでした。私は自分を守るために誰かを無視することもあれば、逆に私が無視されたりするような状況でした。

私はこの時期から、特に人間不信になりました。

この経験は、今でも私の心を少し重たくさせる出来事です。

不登校の中学生時代

中学入学後、約2か月程は登校しましたが、小学生時代の経験が引き金となり、私は不登校になりました。学校に行くのが怖くて怖くてたまらなくなったのです。

友達のペース、先生のペース、学校生活のペース、全てに馴染めず、その中で自分を保つことも出来ず、学校は私にとっての牢獄で、ただただ辛いと感じていました。

私の不登校生活は、漫画を読み、テレビを見て、ご飯を食べ、たまに勉強するという繰り返しでした。

とりあえず、「勉強はしておかないとダメだろう」と思い、通信講座の進研ゼミを契約してもらい、やりたい所だけは勉強していました。

しかし、いくら自宅で勉強しても、出席日数が足りないので普通の高校には行けません。(普通の高校に行きたいとも思っていませんでしたが・・・)

でも、「高校ぐらいは出ておかないといけないだろう」と思い、通信制高校に進学することになりました。(今の私はそうは思いません。行っても行かなくてもどちらでも自由だと思っています)

通信制の高校生時代

通信制の高校生活は、週に1回学校に登校し授業を受けます。また、あとは自宅で勉強して決められたレポートを提出し、さらに年に2回試験を受けるというものでした。

通信制高校は、私のように現役の年齢で行く人より、社会人で働きながら学んでいる人の方が多かったです。

私はお金が欲しかったので、空いている時間はアルバイトをしていました。バイトの内容は、スーパーのレジ、マクドナルド、知り合いの飲食店などでした。

また、夜は夜間の商業専門学校に通い、パソコンの基礎や簿記を学び資格を取りました。

このように勉強しながら働いて得たバイト代の貯蓄額は100万円。娯楽にはあなり使わなかったので学生にするとけっこうな額だと思います。

娯楽にお金を使わなかった(使えなかった?)理由は、私の家は裕福ではなく、必要なものは自分でなんとかしないといけない状況だったからです。貯めたお金の使い道は、車とバイクの免許取得費用と任意保険代でした。また、残ったお金は車の購入代金に充てました。(田舎暮らしの生活は、公共交通機関が整ってないため通勤に車が必要なのです(泣)。

学業と並行に、アルバイト、資格取得、車の免許取得など、就職する準備を着々と整えながら4年間かけて通信制高校を無事卒業しました。

自分でも、よく頑張ったと思います。

社会人生活

高校時代に頑張れたのは、劣等感をバネにしたからでした。

いつも小さなことにつまづいて、人付き合いも上手く出来ず、人と同じことが出来ない私。「なんとか普通の人になりたい」「普通の人生に軌道修正したい」と願っていました。

そして、「高校を卒業して普通に就職して働けば、不登校だった変わった子という色眼鏡で見られずにすむ」と思い、高校時代は頑張っていました。

それは、就職してからも同じで、変な子というレッテルを貼られないように人目を気にして生きてきました。

社会生活では糸を張り詰めたように緊張し、周囲を観察して安全かどうか気を配り、愛想笑いという仮面を被ってやり過ごす日々だったと思います。

この愛想笑いという仮面は優秀で、私の顔にぴったりフィットし、すっかりそれが私自身であるかのような錯覚すら覚えました。

私はその仮面を被り続けながら十何年と働き、2017年7月まで普通の社会人をしてきました。

普通の人をしていることに安心感を得ながらも、変な人とバレないように「普通に生きなければ」「ちゃんとしなければ」という強迫観念は、知らず知らずの内に私の内面を蝕んでいたようです。

私の蝕まれた心は、ある出来事をきっかけに糸がぷつっと切れ、「もうこれ以上頑張れない」と限界の声をあげ、2017年7月に退職することになったのです。

退職したことが、良かったのか?悪かったのか?正直言って、どちらの面もあります。でも、私のこの選択は、良い悪いで判断出来るものではなく、その時そうしたかったし、そうせざるを得なかったとも言えます。

人生って結局そうなんだと思います。先を見越して計算して判断しても、思うようにならないことも沢山あります。それは仕方のないことです。

だからこそ、過去の判断にこだわらず、今どうするのか?

そこに意識をフォーカスすることの方が大切で、この今の積み重ねが人生という道を作っていく。今というこの瞬間以上に大切なものはない。私はそう思うようになりました。

このような過程を経ながら、これまで生きてきた中で私が出会ったのが四柱推命という占いです。

占いは当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦(はっけ)なんて言いますが(笑)、四柱推命は生きて行く上で人が持つ悩みに関してサポートしてくれると思います。

そんな四柱推命の情報を、サイトを通してお伝えできればと思っております。

私の思う四柱推命とは

今、自分が感じていること、望んていること、どう生きて行きたいのか?それを、どれだけの人がはっきり自覚しているでしょうか?

「自分のことなのに分からない」という人は多いと思います。(私も人のことは言えませんが・・・)

でも大丈夫、安心してください。そんな時こそ、四柱推命が役立ちます。

四柱推命の世界は、世間の常識というフィルターを外して見る世界です。フィルターを外せば、「分からない」と見失っていた自分の望みを見つけ、「本当はどうしたいのか」という本音を見つける手助けとなります。

そして、四柱推命で自分の素質を知れば、自分の中にある過去の傷に癒しが起こります。また、コンプレックスこそ自分の魅力の源だったと気付いたら、少しずつ過去の自分も今の自分も、どんな自分であっても認められ、より楽に楽しく生きていけるような気がします。

あなたが人生を動かすきっかけが欲しい時、自分自身をよりもっと深く見つめたい時、四柱推命や占いをお役立てください。

Polaris 


最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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